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大阪高等裁判所 昭和32年(ネ)89号 判決

控訴人 津田利一

被控訴人 佐武威文

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し四三〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和二九年八月二〇日から完済まで年五分の割合の金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」という判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は主文と同じ判決を求めた。

当事者双方の事実並びに法律上の陳述及び証拠関係は、控訴代理人において、「原判決の事実摘示に控訴人が被控訴人に交付した敷金の内訳として、昭和二十七年八月二日十五万円、同年八月十五日十万円、同年十月二日十万円とあるのは誤記であるから、これを昭和二十七年八月一日十五万円、同年八月十五日十五万円、同年十月二日十万円、昭和二十八年七月一日十万円と訂正する。

控訴人は次のような法律上の主張に基いて被控訴人に対し本件敷金の返還又は敷金と同額の金員の支払を求めるものである。即ち、(イ)、賃貸借の目的たる家屋が抵当権実行による競売で賃借人によつて競落されたときは、第三者によつて競落された場合と異り、賃貸人の地位は競落人に承継されるものではなくして、競落により従前の賃貸借関係は当然に終了するものであるから、従前の賃借人たる控訴人は従前の賃貸人たる被控訴人に対し右賃貸借終了を原因として敷金の返還を請求する。(ロ)、仮に従前の賃貸人の地位が競落人たる控訴人に承継されるものとすると、控訴人は従前の賃貸人たる被控訴人に対し敷金の引継交付を請求できるものであるから、被控訴人に対し敷金と同額の金員の支払を求める。(ハ)、仮に以上の主張がいずれも理由ないものとすると、被控訴人は控訴人の競落により敷金返還義務又は敷金引継義務を免れるという利益を受け、これがため控訴人に対し同額の損失を及ぼしたものであり、しかも被控訴人の利益は控訴人が差入れた敷金即ち控訴人の財産によつて受けたものであり且現存するから、不当利得としてその返還を請求する。」と述べ、被控訴代理人において、「敷金交付の内訳が控訴人の訂正したとおりであることは認める。控訴人の本件競落に当つては、敷金、賃料等賃貸借関係の存することを勘案して競落家屋の評価がなされ、該評価額に基いて競落が行われたのであるから、競落人が更に前主に対し敷金返還請求権を有するものとすれば、競落人こそ二重の利得を得ることになり、衡平を失することとなる。従つて控訴人の請求は失当である。」と述べたほか、原判決の事実摘示と同じであるから、それをここに引用する。

理由

控訴人が昭和二七年八月一日被控訴人からら当時同人所有の原判決末尾添付の目録に記載した家屋のうち階下全部を賃料月三五、〇〇〇円の定めで賃借し、右賃貸借につき被控訴人に対し敷金として同日から昭和二八年七月一日までの間に四回に合計五〇万円を差入れたこと及びその後右家屋が抵当権の実行により競売に付され、昭和二九年七月二四日競落許可決定によつて控訴人が競落して右家屋の所有権を取得したことは当事者間に争いがない。

そこで、控訴人主張の敷金返還請求権等の存否について検討する。元来敷金は賃借人がその債務を担保する目的で金銭の所有権を賃貸人に移転し、賃貸借終了の際において賃借人の債務不履行がないときはその返還を受けることを約して授受せられる金銭であると解すべく、又賃借人が賃貸借の目的物の所有権を取得したときは、賃貸借をする利益ある場合例えばその物が質権又は地上権の目的となり賃借人において所有権を取得するもその使用収益をすることができないような特別の場合を除くほかは、賃貸借関係を存続させる必要がなく、従つて賃貸借は終了するものと解する(大審院昭和四年(オ)第一七六三号同五年六月一二日判決参照)から、右のような特別の場合であることについての主張のない本件にあつては、控訴人主張のとおり、本件競落により控訴人が本件家屋の所有権を取得するとともに賃貸借は終了するものというべきである。

しかしながら、競売法二八条の規定によると、裁判所は鑑定人をして競売に付すべき不動産の評価をなさしめ、その評価額を最低競売価額として競売を行う旨定められているところ、右評価に当つては、一般競落人に対抗できる賃貸借の存在及びその内容ひいては敷金の額にいたるまで不動産の負担となるべき事項はすべて不動産の価額に影響を及ぼすものとして当然参酌される筋合であるから、反証ないかぎり本件競売においても敷金の額につき参酌した価額、換言すると、敷金に相当する金額だけ低額な価額を最低競売価格として競売が行われたものというべく、従つて被控訴人としては敷金の差入を受けているため右のような低額で競落される不利益を受けた反面控訴人は右のように低額で競落したことにより既に被控訴人より敷金の引渡を受けたと同様の利益を受けたものと解すべきであるから、控訴人が本訴において更に被控訴人に対し敷金の返還を求めることは衡平の原理から考えて許されないものと解するのが相当である。

そうすると、控訴人の賃貸借終了を原因とする敷金返還請求権についての(イ)の主張は理由なく、又控訴人が本件家屋の所有権を取得するとともに賃貸借が終了することは前段説示のとおりであるから、賃貸借の承継を前提とする控訴人の(ロ)の主張も採用できない。

次に、控訴人の不当利得返還請求権についての(ハ)の主張について考えるに、控訴人において敷金返還請求権を有しないことは前記のとおりであり、従つて被控訴人としては敷金返還義務を免れることは控訴人主張のとおりであるが、一方において前記のとおり本件家屋を低額にて競落せられるため結局においてなんらの利益をも受有するものではないと解せられるから、控訴人の右主張も認容できない。

以上の次第であるから、控訴人の請求は失当として棄却を免れないところであり、これと帰結を同じくする原判決は相当であるから、民訴法三八四条、九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決をする。

(裁判官 竹中義郎 南新一 坂速雄)

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